固体燃料ロケットの歴史は古く、誘導方法を持たないものとしては、10世紀ごろに中国で作られた火槍や火箭(「かせん」と読む。「箭」は「矢」の意味)がある。これは黒色火薬を燃料とした無誘導弾のようなものであり、モンゴル軍と戦う際も用いられたようである。元寇の際も他の火薬兵器と共にモンゴル軍により使用され、日本の兵士を苦しめた。 なお現代の中国語では「火箭」と言うとロケットのことを言う。
火箭は現在のロケットとはかけ離れており、現在の技術基準で言えばロケット花火のようなものであった。また火薬の調合技術も未発達であり、信頼性は高いとは言えなかった。ただ当時は武器自体が自らの力で飛翔するという画期的な武器であり、見たことのない人に対しては、その異様なものは心理戦の面で有利であった。火箭についての情報は書物にも残されている[1]。
その後シングルベース火薬やダブルベース火薬ができると、ロケット弾や、日本軍の特攻兵器である桜花の推進剤にも使われた。 しかし本格的に大気圏外を飛翔するロケットの推進剤として使用されるようになったのは第二次世界大戦後のことである。
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その頃は、ソビエト連邦のR-7、アメリカのレッドストーンに見られるように、ロケット(弾道ミサイル)はおおむね液体燃料ロケットが主流であった。しかし液体燃料ロケットは重量対の出力に優れる反面、長期保存や即応性の問題から、ロケットはともかく、万が一に備える必要のある弾道ミサイルに使うには欠点があった。そこで固体燃料ロケットの開発が進み、弾道ミサイルやロケットなど、大型の固体燃料ロケットができることとなる。
しかしまだ弾道ミサイルが液体燃料が主流であった頃から、小型の対空ミサイルや対地ミサイルは、即応性が必要とされ、液体燃料ロケットでは部品点数が多く小型化が難しいことから、固体燃料が使われていた。この状況は現在でも変わらない。